結婚式や披露宴の形式はその多様化の中で大きく変化を遂げていますが、
近年、ジミ婚という言葉に代表されるように、既製の挙式から手作りの個性的な挙式へとその形を変化させています。 これまでのファッション的な挙式は結婚の本質を失い、その結果、形式的な挙式を省いたり、海外で式を挙げる海外挙式がもてはやされました。この海外挙式は、キリスト教圏の人々にはいまだに理解できない日本人の姿となっているのです。 しかし、このような流行にとらわれず、本当に心のこもった「本物の結婚式」を求めるカップルも存在しています。 自然の森の中で、二人の結婚だけを見つめる本質的で最も身近な挙式。 ひと昔前ならごく一般的に行われていた本当の神前結婚式、すなわち「鎮守の杜の結婚式」がいま求められているのです。 日本の結婚式 世界中、どこの国の結婚式を見ても、民族としての伝統を大切に守り伝えています。それぞれの国の宗教、風土や文化によってはぐくまれた結婚式は、その国の財産といえるでしょう。 日本の神前結婚式も、もちろん大切な伝統を受け継いでいるのです。 農本国である日本に住む私たちは、豊かな自然の恵みに感謝し、時に厳しい自然を恐れてきた民族です。 こうした風土の中で、自然の営みやご先祖様、森羅万象に霊魂を感じて神様としました。 そして、今ある自分自身を神様、ご先祖様はじめ自然の営みによるものと意識する豊かな感性を身につけました。 私たち日本の結婚式の起源も日本神話の中にあり、イザナギ・イザナミの神様の時代にまで遡ります。 平安時代の宮廷や貴族の間で行われていた婚儀は今の皇室のご婚儀に受け継がれています。 一般に於ける婚儀は小笠原流の礼法が確立する室町時代にまで遡り、近年まで受け継がれてきました。 その作法は各家の床の間に神様の名前の書かれた掛け軸を掛け、そのご神前で三三九度の盃が交わされたのです。 そして、明治33年5月10日、皇太子嘉仁(よしひと)親王殿下(後の大正天皇)と九条節子様による賢所(かしこどころ)のご神前でのご結婚の礼が行われ、 このご慶事を記念して明治34年、東京の日比谷大神宮(現在の東京大神宮)が、それまでの伝統的婚儀をさらに発展させ、 一般の人々に向けた神社に於ける結婚式を創始し、現在に至っています。 つまり、日本に於ける結婚式は永い歴史の中で少しずつ形を変えながらも一貫して神前で行われて来たのです。 神前結婚式 最近の結婚式は華美に流され、格好の良さを重視した実に形式的なものになってしまいました。 しかし、婚儀というのは二人の新しい生活の出発点であり重要な儀式なのです。 ですから儀式にはその意義をよく理解し、心を込めて望まなければなりません。 そこで、日本人の結婚観を一つご紹介しましょう。 私たちは、豊かな自然の恵みを頂く中で自然の営みに霊魂を感じとり、 これに、ご先祖様の霊魂、心の現れとしての霊魂をも合わせて神様ととらえるようになりました。 ですから神様が大勢いらっしゃるという意味で八百万(やおよろず)の神というのです。 中でも、夫婦の霊魂を司る神様は「いざなぎの神、いざなみの神」というお名前の神様です。 この二人の神様は古事記、日本書紀の神話の中で、日本の国を産み、沢山の 神様をお生みになったと記されています。そして、この神様のお名前の中に その特性をみることができるのです。 「いざなぎ、いざなみ」は、「いざない、いざなう」つまり「ひきつけ、ひき つけられる」「つれそい、つれそう」という夫婦の働きを表した御神名なのです。 結婚式ではご神前に結婚を報告し、夫婦として変わらぬ心を誓い、そして、 夫婦の霊魂の神である「いざなぎ、いざなみの神様」にあやかって、 夫婦の霊魂の成就を願うのです。 新郎・新婦は別々の家庭で育ち、生活習慣などのサイクルが違います。 交際中は都合の良い時だけ合っていれば良かったのですが、夫婦となると良い ときも悪いときもいつも顔を合わせなければなりません。時には好きな相手で も嫌気が差すこともあります。お互いの生活習慣の違いを抗論することも必ず 有りましょう。これは覚悟して下さい。しかし、これを乗り越えて、お互いに 理解し合い、新郎家でも、新婦家でもない、両家の良き習慣を受け継いで 新たな二人の夫婦の霊魂が生まれてくるのです。そして、いずれお二人にお子さんが出来「夫婦のみたま」 から「家庭のみたま」へと移り変わるのかもしれません。 結婚式にはこのことを心に刻んで、臨んでください。 御来社いただいた折りには結婚式に臨むに当たって必要と思われる話や式次第 (結婚式の手順)にそった儀式の意味や心構えを出来るだけ分かり易くご説明 いたしたいと思います。 |